風習 

各地に伝えられる栗にまつわる風習

東日本
小正月の若木(新年に使う薪)として栗の木を山から迎え、小正月の飾りや料理に使った。
奈良県
神社の祭礼にあたり、神事の主宰者となる家に設ける仮宮で青葉のついた栗の枝を神座にした。
岩手県
門松にクリの若木を添える。また、クリ材の利用が盛んで、独特の雪下駄のようなクリ製の用具のほか、クリの木を柱や梁にした掘立て柱の家もあった。
島根県
クリの花を詠んだ「栗流れ」とよぶ田植唄がある。枝は神事の時の箸にもする。
北海道
アイヌ民族においてもクリの実は大切な食糧で「神の植物性食物」と称し、毬をむく棒も、使い終わると一定の場所に納めた。
ヨーロッパ
木は家、船、家具などに使い、葉や毬は煎じて咳止めなどの薬用にする。クリは薬効があるといい、葉をゆでて喘息の治療に用いる。
ドイツ
クリをポケットに入れておくと腰の痛みを避けるまじないになるという言い伝えがある。

 行事 

栗をいただく行事
 お正月のお膳には豆、栗、柿が供されます。お正月には硬い乾物で「歯固め」をするという意味があります。「歯」は「齢」通じる事から、歯を固める儀式は、健康と長寿を祈願する事につながるのです。
 お節料理の金団(金飩)は、栗の色が黄色いので金といい、丸い固まりなので団といいます。黄金色の丸い小判を意味して財がたまるように祈願します。
 九月九日を栗節供といい、クリの贈答をし、栗飯を炊く風習があります。一般に九月の十三夜を栗名月とよぶのもクリを供えるのに由来します。

搗栗【かちぐり】
 クリの実を乾燥して、殻と渋皮とを除いたもの。芝栗(日本在来種の野生の小粒の栗)を蒸して乾燥させたあと、臼で搗いて皮と渋皮を取り除いたものです。カチカチに固くちょっとやそっとでは噛み砕けませんが、長い間口に入れていると、だんだん柔らかくなり噛み割る事が出来るようになります。水で戻せば元の栗に戻るので保存食として古来から重宝されてきました。「かち」とは「搗つく」の古語で、『徴ちょうこさいじき古歳時記』に「搗かつと勝かつと訓の同じなれば、勝といふ義にとりて、これを祝節に用ふ」とあり、「かち」は「勝ち」に通ずるから縁起物として武家の出陣や勝利の祝い、正月の祝い物などに用いられてきました。

勝栗は出陣の必須品
 戦に出る前の出陣式では、「三肴」とよばれるものが供されました。三肴とは、「打ち鮑」「勝栗」「昆布」の三つ。ここから、儀式の名前を「三献の儀」といいます。出陣式の肴のとり方は、鮑3〜5切れ、栗5個、昆布5切れの順。打ち、勝ち、喜ぶ「敵を打ち果たし、勝利をあげて、喜び凱旋する」という願いを、三肴に託しました。また、戦勝後の帰陣式では三肴の順番が少しかわり、栗、鮑、昆布、つまり「この軍に勝ち栗、この敵を打ち鮑、よろこぶ」として祝ったのです。

 文芸 
今も昔も人を夢中にさせる栗の美味しさ

狂言「栗焼」
分類 
小名狂言 太郎冠者物
登場人物 
太郎冠者(シテ)、主人

 太郎冠者は主人から40個の栗を焼くように命じられますが、焼き上がるほどに芳醇な匂いにとうとう我慢ができず思わず1つ口に入れてしまいます。するとあまりの美味さに、さらに1つ、また1つととうとう全部食べてしまいました。困った太郎冠者は「36人のかまどの神の親子に進上した」と言い訳し、「残った4つは」と詰め寄られると、1つは虫食い、残りの3つは栗を焼く時の常套句「逃げ栗、追い栗、灰紛れ」というようにいつの間にか消えてしまったと答え、主人に叱られます。